マウスピース矯正中の飲み物、水以外はNG?歯科医が教えるOK・NGリストと理由
こんにちは。東京都葛飾区の歯医者、新小岩いろは歯科・矯正歯科 院長の細谷 亜沙美です。目立たず、取り外しもできる手軽さから、マウスピース矯正(インビザラインなど)を選ばれる方は年々増えています。ワイヤー矯正に比べて食事制限がほとんどないことも、大きな魅力の一つですよね。しかし、その手軽さゆえに、意外な落とし穴にはまってしまう方も少なくありません。その代表例が「飲み物」に関するトラブルです。
「マウスピースをつけたまま、お茶やコーヒーを飲んでも大丈夫ですか?」 「スポーツドリンクはOK?」 「水以外は、全部外さないとダメなんですか?」
カウンセリングや治療中の患者様から、このようなご質問を本当によくいただきます。「ちょっとくらいなら大丈夫だろう」という油断が、実は虫歯や着色、さらには治療計画の遅れといった、深刻な問題を引き起こす可能性があるのです。今回は、マウスピース矯正中の飲み物について、なぜ注意が必要なのか、具体的にOKな飲み物、絶対に避けるべきNGな飲み物とその理由、そして、どうしても水以外を飲みたい時の対処法まで、詳しく解説していきます。
目次
1. なぜ飲み物選びが重要?マウスピース装着中の口内環境とは

まず、なぜマウスピース矯正中に飲み物の種類を気にする必要があるのか、その根本的な理由からご説明します。マウスピース矯正は、アライナーと呼ばれる透明な装置を、1日のうち20~22時間以上という、非常に長い時間装着し続けることで歯を動かしていきます。この「長時間装着」という点が、飲み物によるトラブルを引き起こす最大の要因です。
通常、私たちのお口の中では、「唾液」が非常に重要な役割を果たしています。唾液には、食べ物や飲み物のカスを洗い流す「自浄作用」、食事によって酸性に傾いたお口の中を中性に戻す「緩衝作用」、そして、酸によって溶けかけた歯の表面を修復する「再石灰化作用」などがあります。これらの働きによって、私たちの歯は虫歯や酸蝕(さんしょく)から守られています。
しかし、マウスピースを装着していると、歯の表面がアライナーによって唾液から隔離されてしまいます。 この状態で、もし糖分や酸を含む飲み物を摂取すると、それらが歯とアライナーの間に閉じ込められ、長時間にわたって歯の表面に停滞し続けることになります。唾液による自浄作用や緩衝作用が十分に働かないため、お口の中は虫歯や酸蝕歯にとって、非常に好都合な、危険な環境になってしまうのです。さらに、飲み物の種類によっては、歯だけでなく、透明であるはずのアライナーそのものに着色したり、熱で変形させたりしてしまう可能性もあります。これが、マウスピース矯正中に飲み物選びが非常に重要となる理由です。
2. 【原則】マウスピース矯正中に飲んでOKなたった一つの飲み物

では、マウスピース(アライナー)を装着したまま、安心して飲むことができる飲み物は何でしょうか。答えは非常にシンプルです。それは、「お水(無糖・無炭酸・常温または冷たいもの)」、ただ一つです。
なぜ水だけが安全なのでしょうか。その理由は、以下の4つの「ない」に集約されます。
- 糖分を含まない:虫歯菌のエサとなる糖分が含まれていないため、アライナーの下で酸が産生されるリスクがありません。
- 酸性ではない:歯のエナメル質を溶かす酸が含まれていないため、酸蝕歯のリスクがありません。(※水道水やミネラルウォーターは、基本的に中性です)
- 色素を含まない:歯やアライナーを着色させる色素が含まれていないため、審美性を損なう心配がありません。
- 熱くない:アライナーは熱に弱いプラスチックでできているため、変形させるリスクがありません。
したがって、マウスピース矯正期間中に、アライナーを装着したまま飲むことができるのは、基本的に「お水」だけである、と覚えていただくのが最も安全で確実です。「喉が渇いたな」と感じた時は、いつでも気兼ねなくお水を飲んでください。むしろ、お口の中を潤し、清潔に保つためにも、水分補給は積極的に行うことをお勧めします。ただし、フレーバー付きの水や、レモン水などは、糖分や酸が含まれている可能性があるため、避けた方が賢明です。
3. 要注意!マウスピース装着中に避けるべきNG飲み物リストとその理由

お水以外の飲み物は、マウスピースを装着したまま飲むと、様々なトラブルを引き起こす可能性があります。具体的に、どのような飲み物を避けるべきか、その理由と合わせてリストアップします。これらの飲み物を飲む際は、必ずマウスピースを外してから飲むように徹底してください。
- 糖分を含む飲み物
- 例:ジュース全般(果汁100%含む)、炭酸飲料(コーラ、サイダーなど)、スポーツドリンク、乳酸菌飲料、加糖のコーヒー・紅茶、エナジードリンク、甘いお酒(カクテル、梅酒など)
- NG理由:虫歯の最大のリスクです。糖分が歯とアライナーの間に停滞し、虫歯菌が酸を作り出す絶好の環境を提供してしまいます。特にスポーツドリンクは、健康的イメージがありますが、糖分が多く含まれているため注意が必要です。「糖質ゼロ」「カロリーオフ」と表示されていても、人工甘味料以外の糖分が含まれている場合があるので、成分表示を確認しましょう。
- 酸性の飲み物
- 例:炭酸飲料(糖分ゼロのものも含む)、柑橘系のジュース(オレンジ、グレープフルーツなど)、お酢ドリンク、ワイン、栄養ドリンク、クエン酸飲料
- NG理由:歯の表面のエナメル質を溶かす「酸蝕歯(さんしょくし)」のリスクを高めます。アライナーによって唾液の緩衝作用が妨げられるため、酸の影響を長時間受け続けてしまいます。歯が溶けると、知覚過敏の原因になったり、歯がもろくなったりします。糖分ゼロの炭酸水なども、酸性であることに変わりはないので、装着したまま飲むのは避けましょう。
- 色の濃い飲み物(着色しやすい飲み物)
- 例:コーヒー、紅茶、緑茶、ウーロン茶、赤ワイン、ぶどうジュース、コーラなど
- NG理由:飲み物に含まれる色素(ポリフェノールなど)が、歯の表面だけでなく、透明なアライナーそのものにも付着し、着色(ステイン)の原因となります。せっかく目立たないマウスピース矯正を選んだのに、アライナーが黄ばんだり茶色くなったりしてしまっては、審美性が台無しです。歯への着色も、矯正治療後にホワイトニングが必要になるなど、余計な手間や費用がかかる可能性があります。
- 熱い飲み物
- 例:ホットコーヒー、ホットティー、温かいスープ、白湯(熱すぎるもの)
- NG理由:マウスピース(アライナー)は、特殊なプラスチックでできており、熱に弱い性質があります。目安として60℃以上の飲み物に触れると、変形してしまう可能性があります。変形したアライナーは、歯にぴったりとフィットしなくなり、計画通りに歯を動かすことができなくなります。これは、治療期間の遅延に直結する、非常に深刻な問題です。
これらの飲み物は、マウスピース矯正の大敵です。必ず外してから飲む、そして飲んだ後は歯を磨くか、最低でも水で口をすすいでから、アライナーを再装着するというルールを、絶対に守ってください。
4. 「ちょっと一口だけ…」が危険!糖分と酸が引き起こす虫歯・酸蝕歯リスク

「ほんの少し、一口くらいなら大丈夫じゃない?」そう思ってしまう気持ちも分かります。しかし、マウスピース矯正中の「ちょっと一口」は、あなたが想像する以上に、歯にとって大きなリスクを伴います。特に危険なのが、糖分と酸です。
通常であれば、飲み物が口の中を通過する時間は短く、その後は唾液がすぐに洗い流し、中和してくれます。しかし、マウスピースを装着したまま飲むと、その「ちょっと一口」の液体が、歯とアライナーの間に長時間にわたって停滞することになります。
糖分の場合、そのわずかな糖分をエサにして、閉じ込められた空間で虫歯菌が活発に酸を作り続けます。これは、まるで歯を砂糖水に浸け続けているような状態です。特に、歯と歯の間や、歯茎との境目など、普段から磨き残しが起こりやすい場所に虫歯ができやすく、しかも急速に進行する可能性があります。矯正治療中に、多数の歯が一度に虫歯になってしまう、という悲劇も起こりかねません。
酸性の飲み物の場合も同様です。通常なら唾液がすぐに中和してくれるはずの酸が、アライナーの下で長時間、歯のエナメル質を溶かし続けます。酸蝕が進むと、歯の表面が粗造になったり、象牙質が露出してしみやすくなったり(知覚過敏)、歯がもろくなって欠けやすくなったりします。一度溶けてしまったエナメル質は、元に戻ることはありません。
「甘くないから大丈夫」と思って飲んでいる無糖の炭酸水やお酢ドリンクも、酸性度は高いものが多く、油断は禁物です。マウスピース矯正中の「一口」は、後で大きな後悔に繋がる可能性があることを、肝に銘じてください。
5. 見た目にも影響大!着色(ステイン)と装置の変形リスク

虫歯や酸蝕歯のリスクに加えて、飲み物の種類によっては、マウスピース矯正の大きなメリットである「見た目」を損なうリスクもあります。
着色(ステイン)のリスクは、特にコーヒーや紅茶、赤ワインなどを日常的に飲む方にとって、大きな悩みとなります。これらの飲み物に含まれる色素(タンニンやポリフェノールなど)は、歯の表面に付着しやすい性質を持っています。アライナーを装着したまま飲むと、色素が歯とアライナーの間に閉じ込められ、歯そのものが黄ばんだり、茶色っぽくなったりする原因になります。それだけでなく、透明であるはずのアライナー自体も、徐々に着色していきます。1~2週間で交換するとはいえ、後半になるにつれて黄ばみが目立つようになり、「せっかく目立たない矯正を選んだのに…」と、モチベーションの低下に繋がってしまうことも少なくありません。
もう一つの重大なリスクが、熱によるアライナーの変形です。マウスピース矯正のアライナーは、精密な治療計画に基づいて、コンマ数ミリ単位で設計された、いわばオーダーメイドの精密機器です。これが熱によって少しでも変形してしまうと、歯に正しくフィットしなくなり、計画通りに歯を動かすための力がかからなくなってしまいます。気づかずにそのまま使い続けていると、歯の動きにズレが生じ、治療計画の修正や、アライナーの再作製が必要になる可能性が高まります。これは、治療期間の大幅な延長や、追加費用の発生に繋がる、絶対に避けたい事態です。熱いコーヒーやお茶はもちろん、熱いスープや、熱すぎる白湯なども、必ず人肌程度に冷ましてから飲むか、アライナーを外してから飲むように徹底しましょう。
6. どうしても水以外を飲みたい時の「応急処置」と正しい対処法

原則として、マウスピース(アライナー)を装着したまま飲んで良いのは「水」だけです。しかし、日常生活の中では、どうしても外せない場面や、うっかり飲んでしまった、ということもあるかもしれません。そんな時の「応急処置」と、その後の正しい対処法についてお伝えします。ただし、これはあくまで例外的な対応であり、習慣化することは絶対に避けてください。
【もし、装着したまま水以外を飲んでしまったら…】
- すぐに口を水でよくすすぐ:できるだけ早く、大量の水で、口の中全体をぶくぶくと、念入りにすすぎましょう。アライナーと歯の間に残った飲み物の成分を、少しでも洗い流すことが目的です。
- できるだけ早くアライナーを外して洗浄する:口をすすいだ後、可能な限り速やかにアライナーを取り外し、流水下でアライナーの内側・外側を丁寧に洗浄します。
- 歯磨きをする:アライナーを洗浄すると同時に、ご自身の歯も丁寧に磨きましょう。特に糖分や酸を含むものを飲んだ場合は、念入りに行います。
- 清潔な状態で再装着する:歯とアライナーの両方がきれいになったことを確認してから、アライナーを再装着します。
【会議中など、どうしても外せない場面で一口飲みたい場合は?】
- 飲み物の選択:もし選択肢があるなら、糖分や酸、色素が少なく、冷たいものを選びましょう(例:無糖のアイスティーなど。ただし、これもリスクはゼロではありません)。
- 飲み方:ストローを使って、できるだけアライナーや歯に触れないように、喉の奥に直接流し込むように飲む、という方法も考えられますが、これも推奨はできません。
- 飲んだ直後:すぐに水で口をすすぎ、その後できるだけ早く上記の「正しい対処法」を実行してください。
繰り返しますが、これらはあくまで緊急避難的な対応です。マウスピース矯正の成功のためには、「アライナー装着中は水以外飲まない」というルールを、ご自身の歯を守るための大切な約束事として、しっかりと守っていただくことが、最も確実で、最も安全な方法です。
7. まとめ

マウスピース矯正中の飲み物について、その重要性と具体的な注意点をご理解いただけましたでしょうか。
- マウスピース装着中は、唾液の保護作用が低下するため、飲み物の影響を受けやすい。
- 装着したまま飲んで安全なのは「水」だけ。
- 糖分は虫歯、酸は酸蝕歯、色素は着色、熱は変形の原因となるため、これらの飲み物は必ず外してから飲むこと。
- 「ちょっと一口」の油断が、治療期間の延長や、歯へのダメージに繋がる可能性がある。
- もし水以外を飲んでしまったら、すぐに水で口をすすぎ、できるだけ早く歯磨きとアライナー洗浄を行うこと。
マウスピース矯正は、患者様ご自身の協力があってこそ、その素晴らしい効果を発揮できる治療法です。少しのルールを守ることで、虫歯や着色といったトラブルを避け、健康的で美しい歯並びという、最高のゴールを最短で目指すことができます。あなたの矯正治療が、最高の笑顔で完了できるよう、私たちも全力でサポートしていきます。飲み物に関する疑問や不安があれば、いつでも遠慮なくご相談くださいね。
以上、東京都葛飾区の歯医者 新小岩いろは歯科・矯正歯科、院長の細谷 亜沙美でした。